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資金繰り表は「言われてから」では間に合わない ― 提出書類ではなく経営の道具にするために
金融機関から「資金繰り表を出してください」と言われて、そこから慌てて作り始める。ご支援先の経営者の方々とお話ししていると、この場面に出会うことが少なくありません。決して珍しいことではなく、業種も規模も関係なく起こります。
そして多くの場合、経営者ご自身も薄々わかっておられます。「本当は言われる前に作っておくべきものだ」と。それでも後回しになるのは、忙しいからでも、意識が低いからでもありません。作る順番と、作る目的を取り違えているからです。
今回は、複数のご支援先に共通して見られるパターンを整理しながら、資金繰り表を「求められる書類」から「経営の道具」に変えるための考え方をお伝えします。
「言われてから作る」では、なぜ間に合わないのか
資金調達の局面に入ると、提出を求められる書類は一気に増えます。試算表、事業計画書、資金繰り表、キャッシュフロー計算書、借入金一覧、そして各種の内訳資料。これらを短期間でそろえるのは、それだけで相応の負担です。
問題は負担の大きさそのものではありません。急いで作った資金繰り表は、たいてい「過去の記録」になってしまうことです。
手元にある通帳と請求書をかき集めて、直近数か月の入出金を並べる。これは会計の再集計であって、資金繰り表ではありません。金融機関が見たいのは「これまでいくら動いたか」ではなく、「これから半年、いつ、いくら足りなくなるのか。そしてそれを経営者が把握しているか」です。
後追いで作った表は、この問いに答えられません。結果として、資料は出したのに評価につながらない、という残念な事態が起こります。手間をかけた割に報われないので、次はますます作りたくなくなる。この悪循環に入ってしまっているケースが、かなりの割合で見受けられます。
資金繰り表は「予測」の道具である
あらためて確認しておくと、資金繰り表は未来の現金の動きを見るための表です。損益計算書が「儲かったかどうか」を示すのに対して、資金繰り表は「お金が回るかどうか」を示します。
この二つは一致しません。利益が出ているのに資金が苦しい、という状態は普通に起こります。売上の入金が翌月末、仕入の支払が今月末であれば、成長すればするほど立替が膨らみます。設備投資をすれば、支出は今月に集中するのに、費用は減価償却として何年にも分かれて計上されます。
つまり、損益だけを見ていると、資金が細っていくことに気づけないのです。だからこそ資金繰り表が要る。金融機関に出すためではなく、経営者ご自身が意思決定するために要る。この順番を取り戻すことが出発点になります。
最初にやるのは、表づくりではなく「入出金の棚卸し」
資金繰り表がなかなか完成しない会社には、共通する入口のつまずきがあります。いきなり表を作ろうとすることです。
行と列を設計して、勘定科目を並べて、数字を埋めようとする。ところがすぐに手が止まります。「この入金はいつだったか」「あの支払は何日締めの何日払いだったか」が、頭の中にしかないからです。
先にやるべきは、自社のお金が「いつ、どこから、いくら入り、いつ、どこへ、いくら出ていくか」を一枚に書き出すことです。表計算ソフトを開く前に、紙とペンで十分です。たとえば、こんな項目が並ぶはずです。
- 決済代行会社からの入金は毎月何日か(多くの場合、月に一度ではなく複数回に分かれています)
- 現金売上をいつ口座に入れているか(十日ごと、週次など、実務上のルールがあるはずです)
- 得意先からの振込は、締め日から何日後の入金か
- 主要な仕入先への支払は毎月何日か
- 法人カードの引き落としは何日か
- 給与、社会保険料、税金、家賃、リース料、借入返済の各支払日
ここまで書き出すと、多くの経営者が「思ったより固定的だ」と気づかれます。入出金の日付は、毎月ほぼ同じなのです。変動するのは金額であって、タイミングではない。
そして、タイミングが固定されているということは、一度フォーマットを作ってしまえば、あとは金額を入れるだけで表が出来上がるということです。毎月ゼロから作る作業ではなくなります。最初の一回が大変なだけで、二回目以降は驚くほど軽くなります。
最初の一枚は、精度より「毎月続くこと」を優先する
棚卸しが終わったら、いよいよ表にします。ここで完璧を目指すと、また止まります。最初の一枚は、次の要素が入っていれば十分に機能します。
- 月初の現預金残高(全口座の合計)
- 営業収入(売上の入金を、入金日ごとに分けて)
- 営業支出(仕入・人件費・経費を、支払日ごとに分けて)
- 財務・投資の動き(借入の実行と返済、設備投資、税金など)
- 月末の現預金残高
科目を細かく分けたくなりますが、細かくするほど入力が続かなくなります。まずは大きな箱で始めて、運用しながら必要なところだけ割る。この順番のほうが定着します。
そして期間は、先六か月、できれば十二か月を見通せる形にしてください。三か月先までしか見えない表は、資金調達の判断には使えません。融資の相談は、資金が足りなくなる直前ではなく、足りなくなることが見えた時点で始めるものだからです。
精度を育てるのは「月末残高の突合」という地味な作業
資金繰り表を作り始めた会社が次にぶつかるのが、予測と実績がずれるという壁です。当然ながら、最初のうちは必ずずれます。
ここで多くの方が「やっぱり当てにならない」と手を止めてしまいます。しかし、資金繰り表の価値は当たることではありません。ずれた理由を毎月ひとつずつ潰していくことで、来月の予測が良くなる——その積み重ねにこそ意味があります。
そのために欠かせないのが、月末時点で全口座の残高を実際に確認し、表の予測値と突き合わせる作業です。数分で終わる地味な作業ですが、これを毎月やっている会社と、やっていない会社では、半年後の予測精度がまったく違ってきます。
ずれの原因は、たいてい次のどれかに収まります。売上が計画とずれた。想定していなかった支出が発生した。入金や支払のタイミングが動いた。原因が三種類しかないとわかれば、検証は難しくありません。
事業計画と資金繰り表が「別々に動いていないか」
もうひとつ、意外と多いのが事業計画と資金繰り表が連動していないという状態です。
年度初めに立てた事業計画があり、毎月の会議で使う月次の計画もある。一方で資金繰り表は経理側で別に作られている。ところが両者の前提となる売上や経費の数字が食い違っている——こういうケースが、決して少なくありません。
この状態だと、計画を見直したときに資金繰りが更新されません。「今期は出店を一件見送る」という判断をしても、それが資金の見通しにどう跳ね返るのかが即座にわからない。判断のスピードが落ちます。
理想は、事業計画の数字がそのまま資金繰り表に流れ込む形にしておくことです。計画を変えれば資金の見通しも自動で変わる。ここまで作り込めれば、資金繰り表は「提出書類」ではなく「シミュレーションの道具」になります。
数字が見えていない拠点・部門を残さない
複数の拠点や事業部を持つ会社では、もう一段の課題が出てきます。一部の拠点だけ、数字が自動で上がってこないという状態です。
システムが入っている拠点と、入っていない拠点が混在している。規模の小さい拠点は費用対効果を考えてシステムを入れておらず、担当者が手作業で拾っている。あるいは、そもそも誰も拾っていない。
この状態が怖いのは、全社の数字が「だいたい合っている」程度の精度でしか出てこないことです。資金繰り表の入力元が曖昧なら、いくら表を精緻に作っても意味がありません。
すべての拠点に同じシステムを入れるのが正解とは限りません。月額費用に見合わない規模の拠点もあります。ただ、「同じ様式で、同じ締めのタイミングで、必ず数字が上がってくる」仕組みだけは、全拠点に必要です。手入力の簡易フォーマットでも構いません。大切なのは、担当者が「あの拠点は自分にはわかりません」と言わずに済む状態をつくることです。
投資フェーズの「翌年」こそ、資金繰り表が効く
成長期の会社で、特に注意していただきたい局面があります。設備投資を一気に進めた年の、その翌年です。
拠点や設備を増やした年は、売上が伸びます。数字が右肩上がりに見えるので、社内の空気も明るくなります。ところがその増収は、多くの場合投資によって「買った」ものです。既存部門の収益力が上がったわけではありません。
そして翌年、新規投資を止めた瞬間に、増収の要因が消えます。一方で、前年の投資に伴う減価償却費と固定費だけはそのまま残ります。ここで営業利益が出なければ、それは景気の問題ではなく、収益構造そのものの問題です。
この局面で経営者が見るべき指標は、売上でも利益でもありません。「出店・投資をしていない年に、いくら現金を残せたか」です。これは資金繰り表を継続して作っていなければ、決して見えてきません。
逆に言えば、投資フェーズの最中から資金繰り表を回している会社は、翌年の着地が事前に読めます。読めていれば、コスト構造の見直しにも、次の投資の判断にも、余裕を持って手が打てます。
「作れない」のではなく、「順番」が違うだけ
資金繰り表がなかなか根づかない会社に共通するのは、能力や意識の問題ではありません。やる順番が違うだけです。
整理すると、こうなります。
- 入出金のタイミングを一枚に棚卸しする(表を作る前に、ここから)
- 大きな箱だけの簡素な表を作り、六〜十二か月先まで並べる
- 毎月、全口座の残高と突き合わせて、ずれた理由を一つずつ潰す
- 事業計画の数字と接続し、計画変更が資金に反映される形にする
- 数字が上がってこない拠点・部門をなくす
この順番で進めれば、三か月もあれば実用に耐える形になります。そして一度回り始めれば、金融機関から書類を求められても慌てることはありません。すでに手元にあるものを渡すだけになるからです。
さらに言えば、そこで渡す資金繰り表は、単なる提出書類ではなくなっています。「この経営者は自社の資金の動きを把握している」という、何よりも雄弁な説明資料になります。
資金繰り表は、追い込まれてから作る書類ではありません。追い込まれないために作る、経営の道具です。まだお手元にない、あるいは形骸化しているという場合は、まず入出金の棚卸し一枚から始めてみてください。そこが、いちばん確実な入口です。

