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経営者の「見えないブレーキ」――親しい人には言えるひと言が、なぜお客様には言えないのか
月次のミーティングで、ある経営者の方がこんなことを口にされました。
「人が集まる場に行っても、自分だけギアが一段違う気がするんです。楽しんでいる人たちの輪に、自分は『仕事として』入ってしまっている」
数字は伸びている。やるべきことも整理できている。それでも、何かが噛み合っていない。この感覚に心当たりのある経営者は、決して少なくないはずです。
友人には言えるひと言が、新規のお客様には言えない
この方の話で、私が最も本質的だと感じたのは次の一点でした。
昔からの友人がお客様になった場合、「絶対にこっちの方がいい」「これは一度は持っておいた方がいい」と、ごく自然に言える。ところが同じ内容を、新規のお客様に対しては言えなくなる。
言えない理由は、能力でも知識でもありません。「失礼があってはいけない」「ちゃんとしなければいけない」という気持ちが、先に立ってしまうからです。
しかしお客様の側から見れば、このひと言があるかないかは決定的です。プロが本気で「こちらの方がいい」と言い切ってくれるかどうか。判断を委ねられる相手かどうか。その一点で、お客様の満足度も、そこから生まれる紹介の量も、まるで変わってきます。
ブレーキの正体は「保身」である
私はこれを、自分で自分にかけている見えないブレーキだと捉えています。
誰かに止められているわけではありません。制度の問題でも、能力の問題でもない。自分で殻をかぶり、蓋をしている状態です。
そして、その蓋の中身はたいてい「保身」です。嫌われたくない。失礼だと思われたくない。押し売りだと感じられたくない。金額の話をして、引かれたくない。
ここで押さえておきたいのは、保身そのものが悪いわけではないということです。相手への配慮から生まれている以上、それは誠実さの裏返しでもあります。問題は、その配慮が相手のためではなく自分を守るために働き始めたときに、提案が薄くなり、結果としてお客様の利益を損なってしまう点にあります。
ちなみに、金額面での遠慮については、この方はすでに突破口を見つけていました。「使わせすぎではないか」と一人で気を揉むのをやめ、最初にご予算を伺ったうえで提案する形に変えたのです。相手に確認すれば済むことを、自分の中だけで抱え込まない。これは他の場面にもそのまま応用できる考え方です。
理屈ではなく、感覚の問題
この種のテーマは、論理で解こうとすると必ず行き詰まります。「なぜ言えないのか」を分析しても、言えるようにはならないからです。
むしろ参考になるのは、肩書きを背負ったままでも自分のやりたいことを楽しんでいる人の存在です。大きな組織で責任ある立場にいながら、その場を心から面白がっている方がいます。役割を降ろしているのではなく、役割を背負ったまま楽しんでいる。この差はとても大きい。
人生はアトラクション、仕事はゲーム。そう捉えられている人は、無意識のうちにブレーキから足が離れています。同じ能力、同じ商品を持っていても、伝わり方がまったく変わってくるのはこのためです。
意識が変わるトリガーは、お客様の声の中にある
では、何が人の意識を変えるのか。私の経験上、最も強く効くのはお客様からの言葉です。
この方が提供している価値の本質は、お客様の印象を一段引き上げることにあります。そしてそれは表面的な変化にとどまらず、そのお客様自身の仕事の成果につながっていきます。自信が生まれ、人前での説得力が変わり、周囲の反応が変わる。実際にそういう変化が起きています。
これが分かっていれば、「こちらの方がいい」と言い切ることは押し売りではなく、相手の成果に責任を持つ行為になります。遠慮は、むしろ不誠実の側に回るわけです。
「何のためにこの事業をやるのか」を言葉にする
ミーティングの終盤、私はこの方に「手段の分析はもう十分にできている。次に聞きたいのは、この事業を何のためにやるのかという部分です」とお伝えしました。
そこで出てきた答えが、非常に良かった。
「実際にはお金がないのに、ありそうに見える人がいる。逆に、しっかり稼いでいるのに、そう見えない人もいる。後者は損をしていて、もったいないと昔からずっと思っていた」
「自分自身も若い頃から、実際の稼ぎより上に見られてきた。その経験があるから、身近な人や友人にも同じように、いい状態でいてほしい。周囲ごと引き上げたい」
これは、マーケティングの言葉ではありません。その人の内側から出てきた言葉です。そして、こういう言葉を持っている人は強い。なぜなら、それを言うときにブレーキが必要ないからです。
言語化したあとにやるべきこと
ただし、一度言葉にしただけでは定着しません。私がお願いしたのは、この言葉を日々反芻していただくということでした。
反芻して熟成させていくと、やがてそれは「意識して言うこと」から「勝手に出てくること」に変わります。そうなれば、交流会でも接客の場でも、構える必要がなくなる。何より、本人が生きていて楽になります。
注意点は、押し付けないこと。ミッションが固まると、つい人に説きたくなります。しかし人が動くのは、説かれたときではなく、その人が楽しそうにしているのを見たときです。自分の言葉で、自然体で伝える。それで十分に伝わります。
目標は、分解された瞬間に「腹落ち」する
もう一つ、この日の大きな変化がありました。以前はまったく現実味のなかった目標数字について、「目指せない数字ではない」と本人が言い切ったことです。
何が変わったのか。精神論ではありません。リピート率と客単価、そして必要な件数と人員に分解しただけです。
分解すると、目標は「願望」から「作業量」に変わります。今の体制で届く範囲、人を増やせば届く範囲、それぞれの境界線が見えてくる。そこまで見えて初めて、人は腹落ちします。
逆に言えば、腹落ちしない目標は、たいてい分解されていないだけです。気合いが足りないのではありません。
今月の問い
最後に、この記事を読んでくださった経営者の方へ、同じ問いをお渡しします。
親しい相手には自然に言えるのに、お客様の前では飲み込んでしまっているひと言はありませんか。
そのひと言を飲み込んでいる理由は、相手のためでしょうか。それとも、自分を守るためでしょうか。
そして——あなたはこの事業を、何のためにやっているのでしょうか。
この問いに自分の言葉で答えられるようになったとき、ブレーキは自然に外れます。手段の話は、そのあとでいくらでも組み立てられます。

