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経営者の「見えないブレーキ」――親しい人には言えるひと言が、なぜお客様には言えないのか
経営者の方と定期的にお会いしていると、業種や規模を問わず、繰り返し表れるテーマがあります。今回はその中でも、多くの方が言葉にしづらいまま抱えているものを取り上げます。
それは、自分で自分にかけているブレーキの話です。
「仕事として」その場に立ってしまう
人が集まる場に出ても、自分だけギアが一段違う気がする。周りは楽しんでいるのに、自分はどこか「仕事として」そこに立っている——。こうした感覚を口にされる方は、決して珍しくありません。
そして多くの場合、その方の業績は決して悪くありません。やるべきことの整理もできています。それでも噛み合わない感じが残る。この違和感は、数字を追いかけているだけでは絶対に解消されない種類のものです。
親しい相手には言えるひと言が、お客様には言えない
この違和感は、多くの場合ひとつの具体的な症状として表れます。
付き合いの長い相手に対しては、「それはやめた方がいい」「これは絶対にこちらの方がいい」と、ごく自然に言える。ところが同じ内容を、新しいお客様に対しては言えなくなる。当たり障りのない説明に置き換えてしまい、判断を相手に委ねてしまう。
言えない理由は、知識でも経験でもありません。「失礼があってはいけない」「ちゃんとしなければいけない」という気持ちが、先に立ってしまうからです。
しかし、お客様の側から見れば、このひと言があるかないかは決定的です。プロが本気で「こちらの方がいい」と言い切ってくれるかどうか。任せられる相手かどうか。その一点で、満足度も、そこから生まれる紹介の数も、まるで変わってきます。
ブレーキの正体は「保身」である
誰かに止められているわけではありません。制度の問題でも能力の問題でもない。自分で殻をかぶり、蓋をしている状態です。
そして、その蓋の中身はたいてい「保身」です。嫌われたくない。失礼だと思われたくない。押し売りだと感じられたくない。金額の話をして、引かれたくない。
押さえておきたいのは、保身そのものが悪いわけではないということです。相手への配慮から生まれている以上、それは誠実さの裏返しでもあります。問題は、その配慮が相手のためではなく自分を守るために働き始めたときに、提案が薄くなり、結果としてお客様の利益を損なってしまう点にあります。
金額の遠慮は、確認する形に変えれば消える
ブレーキの中でも特に多いのが、金額に関する遠慮です。「使わせすぎではないか」「高いと思われないか」と、一人で気を揉んでしまう。
これについては、比較的シンプルな解決策があります。最初にご予算を伺ったうえで提案する形に変えることです。
相手に確認すれば済むことを、自分の中だけで抱え込まない。当たり前のようでいて、これができていない方は非常に多い。そして一度この形に変えると、提案の幅がはっきり広がります。他のブレーキにも応用できる考え方です。
理屈ではなく、感覚の問題である
この種のテーマは、論理で解こうとすると必ず行き詰まります。「なぜ言えないのか」を分析しても、言えるようにはならないからです。
むしろ参考になるのは、肩書きを背負ったままでも自分のやりたいことを楽しんでいる人の存在です。大きな組織で責任ある立場にいながら、その場を心から面白がっている方がいます。役割を降ろしているのではなく、役割を背負ったまま楽しんでいる。この差はとても大きい。
人生はアトラクション、仕事はゲーム。そう捉えられている人は、無意識のうちにブレーキから足が離れています。同じ能力、同じ商品を持っていても、伝わり方がまったく変わってくるのはこのためです。
意識を変えるトリガーは、お客様の声の中にある
では、何が人の意識を変えるのか。私の経験上、最も強く効くのはお客様からいただく言葉です。
自社の提供物が、お客様の側でどんな変化を生んでいるのか。多くの経営者は、それを正確には把握していません。売った時点で関心が切れてしまい、その後の変化を聞きに行かないからです。
ここを丁寧に集めていくと、たいてい自社の想定より一段深いところで役に立っていることが分かります。そして、そこまで分かっていれば、「こちらの方がいい」と言い切ることは押し売りではなく、相手の成果に責任を持つ行為に変わります。遠慮の方が、むしろ不誠実の側に回るわけです。
「何のためにこの事業をやるのか」を言葉にする
手段の分析——広告をどうするか、チャネルをどう増やすか——は、多くの経営者がすでにできています。詰まるのはその手前です。
私が壁打ちの場で必ずお聞きするのが、「この事業を、何のためにやっているのか」という問いです。
この問いに対する答えには、良し悪しがはっきり出ます。経験上、力を持つ答えには共通点が三つあります。
ひとつ目は、自分の実体験に根ざしていること。世の中の課題ではなく、自分が実際に見てきたこと、悔しかったこと、もったいないと感じてきたことから出てくる答えは強い。
ふたつ目は、相手をどうしたいかが入っていること。「売上を伸ばしたい」は目標であって動機ではありません。目の前の人がどう変わってほしいのかが入って、初めて動機になります。
三つ目は、商品の説明になっていないこと。何を売っているかの話に着地してしまう答えは、まだ言語化が足りていません。
この三つを満たす答えを持っている人は強い。なぜなら、それを口にするときにブレーキが必要ないからです。
言語化したあとにやるべきこと
ただし、一度言葉にしただけでは定着しません。大事なのは、その言葉を日々反芻することです。
反芻して熟成させていくと、やがてそれは「意識して言うこと」から「勝手に出てくること」に変わります。そうなれば、人前でも商談の場でも、構える必要がなくなる。何より、本人が生きていて楽になります。
注意点は、押し付けないこと。動機が固まると、つい人に説きたくなります。しかし人が動くのは、説かれたときではなく、その人が楽しそうにしているのを見たときです。自分の言葉で、自然体で伝える。それで十分に伝わります。
目標は、分解された瞬間に「腹落ち」する
内面のテーマと並行して、必ず扱うべきものがもうひとつあります。目標設定です。
多くの経営者が掲げる目標は、本人にとって現実味がありません。口では言っているけれど、心の底では届く気がしていない。この状態では、ブレーキも外れません。
ここで必要なのは気合いではなく、分解です。リピート率はどうか。客単価はどうか。必要な件数は何件か。今の人員で回せるのか、増やす必要があるのか。
分解すると、目標は「願望」から「作業量」に変わります。今の体制で届く範囲、人を増やせば届く範囲、それぞれの境界線が見えてくる。そこまで見えて初めて、人は腹落ちします。
逆に言えば、腹落ちしない目標は、たいてい分解されていないだけです。本人の意志が弱いのではありません。
今月の問い
最後に、この記事を読んでくださった経営者の方へ、三つの問いをお渡しします。
ひとつ。親しい相手には自然に言えるのに、お客様の前では飲み込んでいるひと言はありませんか。
ふたつ。そのひと言を飲み込んでいる理由は、相手のためでしょうか。それとも、自分を守るためでしょうか。
みっつ。あなたはこの事業を、何のためにやっているのでしょうか。
三つ目に自分の言葉で答えられるようになったとき、ブレーキは自然に外れます。手段の話は、そのあとでいくらでも組み立てられます。

